◎輝く島原人 THE SCENE Vol.14 島原に生きる 広報しまばらでは、生き生きと活動し、楽しみながら社会に貢献する人生の達人たちを「輝く島原人」として紹介しています。 第14回目は鯉の泳ぐまちの清掃活動や地域の青少年育成、防犯活動などを通して「水と地域を愛し続ける」西田 正剛(にしだ まさたか)さん(86)を紹介します。 (写真1)防犯の役目も兼ねて大好きな「鯉の泳ぐまち」で清掃活動を毎日行う西田さん 「人生の達人」西田正剛さん(86)  昭和7年、4人兄弟の次男として東京都世田谷区で生まれ、育つ。中学の時、疎開で島原へ移り住み、学生時代を過ごす。 市内の商社や食品会社に勤務しながら、約20 年間に渡り市青少年健全育成連絡協議会会長など多くの役職を務め、安全・安心なまちづくりや青少年の指導、非行防止に尽力。「鯉の泳ぐまち」を地域住民と一緒に作り上げる。島原市表彰(平成22・26年)、防犯功労全国栄誉銅章(平成30年)。新町在住。 「信念と決意」清水(せいすい)に鯉(こい)して ▼「鯉の泳ぐまち」を作った人々  西田さんは幼少期を過ごした、島原の街中に湧く清水や美しい水路の流れを今でも忘れることができないそうです。  昭和50年ごろ、西田さんは「島原のきれいな水を守るために、水の美しさをみんなに気付かせたい」と考え、きれいな水に目を向かせるために、「水路に鯉を泳がす」アイデアを考えました。  周囲の仲間には、熱い思いが伝わり協力を得ることはできましたが、一方では鯉の放流に反対する意見も強かったそうです。根気強く、熱く語り続ける西田さんの思いが徐々に実を結び、協力の輪は広がっていきました。  昭和53年「鯉の泳ぐまち」と名付け、初めて鯉を放流することができました。その時のことを振り返り、「清水に泳ぐ鯉の姿に、心が洗われ、今までの苦労が報われたような気がしました」と当時の思いを話してくれました。  当初は鯉が盗まれたり、サギに食べられたりして、「鯉がかわいそう」と非難の声が寄せらたそうです。そこで、5月5日のこどもの日に島原の観光に役立ってくれた鯉を供養し、新たな鯉を放流する「鯉の供養と放流」の日を設け、少しずつ人々の理解を得られるようになったそうです。  新町町内会皆さんの協力で、島原を代表する観光名所となった「鯉の泳ぐまち」は、環境庁(現・環境省)よる「日本名水百選島原湧水群」、本市による「まち並景観賞」、建設省(現・国土交通省)による「手づくり郷土賞」などを受賞しました。何よりうれしかったのは、「市民が清流に目を向けるようになり、観光客がたくさん鯉の泳ぐまちに訪れるようになったことです」と西田さんは笑顔で話してくれました。 (写真2)きれいになっていく「鯉の泳ぐまち」を見て、自然と笑みがこぼれる西田さん ▼「あいさつ」から始まる防犯の心  昭和58年、第二小学校でPTA役員を務めていた西田さんは、道で会ったら子どもも、大人もあいさつを交わす「あいさつ運動」を始めました。この運動は子どもたちの非行防止と、学校の明るく過ごしやすい学習環境の土壌を作るのに、非常に役立ったそうです。 西田さんは「毎朝同じ場所で通学風景を見守る活動は、子どもたちの心や体の変化が手に取るように分かり、自然とまちの安全も守ることもできる一番の活動です」と熱く語ってくれました。  長崎県防犯まちづくり推進指導員で市の防犯活動のリーダーとして活躍したほか、「島原警察署防犯なく3(さん)ば運動推進モデル」の霊丘地区で長寿会会長だった西田さんは、高齢者の皆さんにも精力的に防犯被害防止の呼び掛けを行いました。その長年にわたる防犯活動に多大な功労が認められ、平成30年「防犯功労全国栄誉銅章」を受賞しました。  主な役職を退いた今でも第二小学校前の横断歩道に立ち、子どもたちと地域の安全を守る防犯活動を続けています。 (写真3)第二小学校前の横断歩道で、毎朝子どもたちの安全を見守る西田さん(上) (写真4)島原警察署で防犯功労全国栄誉銅章を受賞した際の西田さん(下) ▼俳号・西田 比呂志(にしだ ひろし)  島原市出身で長崎大学名誉教授でもある、故・平尾 勇(ひらお いさむ)先生(俳号・圭太(けいた))と奥様みさおさんを俳句の師とする西田さん。ご夫婦のもとで俳句に親しみながら、目が不自由だったみさおさんのために、俳句雑誌「ホトトギス」をよく読んであげていたそうです。  そうするうちに、「自分の俳句もいつかこの本に掲載されたい」という思いが強くなり、高校の文芸部でも俳句を学び、周囲の先輩の厳しい指導を受けながら、どんどん俳句の世界に没頭していったそうです。  平尾先生亡き後、運営を引き継いだ「巣立句会(すだつくかい)」と「雙美塾(そうびじゅく)」を現在も守りながら、自身も俳人(俳号・比呂志)として多くの作品を作り出し、ホトトギスに掲載されるまでの実績を残してきました。  今ではホトトギスの同人として後輩を指導する立場になり、忙しい毎日を送っていますが、「若いころから好きだった俳句を、これからも純粋に楽しめるよう頑張り続けたい」と素敵な笑顔で話してくれました。 (写真5)新しい作品を思い描きながら、俳句を楽しむ西田さん