◎しまばらん4コマ漫画 ○しまばらん4コマ漫画 最優秀作品決定!  市内小学生を対象に募集した“しまばらん4コマ漫画”テーマ「コロナと戦え!しまばらん」の最優秀作品が決定しました。  本市出身の漫画家、小西紀行先生が応募作品122点全てを審査し、特に優れている作品を選考しました。  応募してくれた皆さん、ありがとうございました。  最優秀作品の選考にあたり、小西先生からメッセージが届きました。また、最優秀賞を受賞した近藤 愛絆(こんどう あいな)さんに受賞の感想を聞きました。 (写真)最優秀賞受賞者 第二小学校4年 近藤 愛絆さん (コメント)おめでとうございます (愛絆さんの受賞コメント)  私の作品が最優秀賞ときいて、とてもおどろきました。しかも、しまばらんが学校に来て招待状を持ってきた時は、すごくうれしかったです。  「コロナと戦え」というテーマで少しむずかしかったけど、早くコロナがおさまってほしいとう願いをこめて書きました。  最後に古川市長、小西先生、私の作品を選んでいただき、ありがとうございました。これからも、しまばらんと一緒にコロナと戦って明るい島原を作っていきたいです。 (写真)小西先生のサイン入り色紙と副賞のしまばらんのぬいぐるみを持った近藤 愛絆さん ○しまばらん4コマ漫画:「コロナと戦え!しまばらん」近藤 愛絆 【1コマ】 しまばらんとコロナ(ウイルス)が、今にも戦いを始めようとしている様子 【2コマ】 しまばらんがコロナにパンチを当てた瞬間の様子 【3コマ】 しまばらんのパンチが決まり、コロナが遠くまで飛ばされる様子 【4コマ】 コロナが流血。戦いに勝利し、金メダルを勝ち取ったしまばらんの様子 ○第37話「コロナと戦え!しまばらん」小西 紀行(こにし のりゆき) 【1コマ】 (絵)/しまばらん VS(対)コロナ菌愚(キング)が戦いを始める様子 【2コマ】 (絵)/しまばらんのパンチがコロナ菌愚に炸裂 【3コマ】 (絵)/完全に敗北したコロナ菌愚と勝者のしまばらん 周囲の観衆/うぉ〜!!しまばらんが勝った〜!! 【4コマ】 しまばらん/みんな〜!!島原ば守ったバ〜イ♪ 周囲の観衆/キャ〜!手を洗って来て〜〜〜!! ○小西紀行先生からのメッセージ (写真)小西紀行先生  テーマが「コロナと戦え!しまばらん」ということでコロナ対策ネタが多かったのですが、選考は漫画らしく“実際に戦っているネタ”に絞りました。そして必殺技や武器で戦うネタの中で、近藤さんの作品はパンチで勝つと言う普通のネタでしたが、応募作の中で“唯一”という点がありました。  それは“セリフも効果音もない”という点。僕もそうですが漫画を描く時に、読む人にわかるように・・・と、説明やセリフを多くいれて逆に読みにくくなる事があります。応募作すべてを読み終わった後「あの作品だけがセリフも効果音もなかったな・・・」と印象に残っていました。セリフと説明がないことで、4コマ目の状況がまったくわからないんですが・・・(笑)。 「審判がいる・・・金メダルがもらえる・・・何の試合?他に誰が出てたの?」ということを考えだすと面白かったです。そして1コマ目〜3コマ目の自信なさげな顔が、4コマ目で、「やってやったぜ・・・(まぐれだけど)」という顔をしているところに、“しまばらんらしさ”を感じました。  同じテーマで僕も書いてみましたが、セリフを入れるネタしか思いつかなかったので、ボクの負けのような気がします。絵で見せる・・・という基本を見せてもらい、僕も勉強させてもらいました。 (写真)サプライズでオンラインメッセージをくれた小西先生と、みんなで一緒に記念写真 左からしまばらん、愛絆さん、小西先生(オンラインのためテレビ画面)、古川市長、愛絆さんのお母さん ◎輝く島原人Vol.37 鎮魂の思い、永遠(とわ)に  広報しまばらでは、生き生きと活動し、楽しみながら社会に貢献する人生の達人たちを「輝く島原人」として紹介しています。  第37回目は、市遺族会の代表として、本市出身の戦没者やそのご遺族へ深い敬意を払うとともに、恒久平和を求め尽力している長池 要七(ながいけ ようしち)さんを紹介します。 「人生の達人」長池 要七さん(75)  昭和19年、有家町生まれ。小学2年の頃から島原市で暮らす。福岡大学卒業後、家業の呉服店を営み、60代で市遺族会会長に就任、県連副会長も務める。「太鼓」を通して地域の子どもたちに伝統芸能の継承にも尽力。島原市遺族会会長(H25〜)、島原市教育委員会表彰(H25)、島原ライオンズクラブ第59代会長(H28)、長崎県連合遺族会副会長(H29〜)。湊町在住。 (写真)令和2年度島原市戦没者追悼式で、島原市遺族会会長として「遺族謝辞」を述べる長池さん ○亡き父への思いを胸に  結婚3カ月後、父は中国へ出征。1〜2年して戻るも、その7カ月後、今度はフィリピンへ出征。両親はわずか10カ月間の夫婦生活でした。  終戦間際に生まれた長池さんが物心ついた時、父は既に戦争の尊い犠牲となっていました。  40代になり、高齢の母の代わりに遺族会へ加入。平成25年、当時の会長が任期半ばで急遽交代となり、「若い人が主体」という遺族会の意向から、一番若かった長池さんは68歳で新会長に選ばれました。「他の遺族会と比べても一番若いため、周囲から優しくされるので感謝しています」と話す姿に、誰からも慕われる優しい人柄が伺えます。  特に印象深い思い出のひとつに、理事や評議員の皆さんに支えられ実施できた、全国でも珍しい市遺族会単独の戦後70周年記念式典があります。「コロナ禍で先が見えない毎日。今振り返ればあの時実施して、本当に良かったです」と、当時を振り返り話してくれました。 戦後75年が経過し、市遺族会にも戦争経験者が一人もいない現実があります。「それでも、先人の苦労があったからこそ、今の日本があることを子どもたちに語り伝え続けることが私の使命です」と、会長としての思いを話してくれました。 ○太鼓がつなぐ伝統と絆  青年会議所時代、伝統芸能を掘り起こす「草の根文化運動」に取り組んでいた際、雲仙普賢岳噴火の鎮魂と防災の祈りを込めて始まった「不知火太鼓」に出会いました。  しかし、太鼓のリズムは「文字」としてしか残っておらず、仲間と試行錯誤のうえ、太鼓のリズムを復活させました。その後も保存会を設立、数多くのイベントに出演、協賛金を得ることで太鼓を増やすなどし、活躍の場を広げていきました。  平成5年、学習利用促進事業の一講座として「子ども不知火太鼓」が開講。島原第二小学校で子どもたちを指導し続け、平成21年には長崎県教育委員会表彰を受賞するなど、島原を代表する伝統芸能のひとつになりました。毎年のように市民音楽祭や敬老行事、島原ふるさと産業まつりなどで、大勢の観衆を独特のリズムで魅了し続けています。  「太鼓を通して仲間との深い絆や一緒に努力した思い出を作り、大人になっても太鼓を通して様々な場面で活躍できるような人になって欲しいです」と、子どもたちの将来を見守る優しい笑顔で話してくれました。 (写真)第二小学校で「子ども不知火太鼓クラブ」の児童に太鼓の指導をする長池さん