ふるさと再発見 宝篋印塔型流死供養塔(ほうきょういんとうがたりゅうしくようとう)  今から220年前の寛政4年4月1日、雲仙普賢岳の噴火活動の影響により眉山の一部が山崩れを起こし有明海に流れ込んで津波を発生させました。  「島原大変」と呼ばれるこの災害で、島原半島はもとより有明海沿岸の広い地域で死者約1万5千人という多くの犠牲者が出ました。  島原藩では、翌年、溺死体が多く流れ着いた7箇所に「流死菩提供養塔(りゅうしぼだいくようとう)」を建て、死者の供養を行ないました。一方、災害前に船着場として栄えていた中堀町近辺では、雲仙一乗院住職(うんぜんいちじょういんじゅうしょく)が溺死供養塔の建設を藩に願い出て許可を得、城下の有力者に勧進を試み、別当(べっとう)、乙名(おとな)、商人(しょうにん)たちの協賛を得て寛政5年4月に完成させました。  この供養塔は「宝篋印塔型(ほうきょういんとうがた)」という特殊な形をしていて、市の指定文化財になっています。塔身(とうしん)には梵字(ぼんじ)や「流死供養塔」の文字、そして溺死者の戒名(かいみょう)が105刻まれています。  現在でも5月1日に中堀町町内会(上・中)によって供養祭が営まれています。  大変前から現在に至るまでの繁華街であるこの通りに、ひっそりとたたずむ供養塔は、220年前の悲しい記憶を今に伝えています。  市内には島原大変に関係する多くの史跡がありますので訪ねてみてはいかがでしょうか。 クローズアップ 水彩画クラブ「いろどりの会」  自然に親しみながら人生にいろどりを添えたい。  水彩画クラブ「いろどりの会」では、庭にある草花など、身近な自然をモチーフに水彩画を楽しんでいます。  この会は、毎月第1・3月曜日の13時から有明公民館で「楽しく描こう」をモットーに活動しています。現在の会員は7人。会員が持ち寄った草花などをスケッチし、水彩絵の具を重ねます。出来上がった作品の感想を述べたり、世間話をしたりとお互いに声を掛け合い、自由で楽しい雰囲気の中で活動しています。  会は昨年出来たばかり。きっかけは水彩画を描きたいと思っていた西川武治(にしかわたけはる)さん(いろどりの会の代表者)が、絵画で有名な佐藤利宗(さとうとしむね)さんに絵の指導を依頼したことです。絵が好きな近所の人や西川さんの友人とともにこの会を立ち上げました。佐藤さんは、今でも時折活動の様子を見に来てアドバイスをしてくれるそうです。  西川さんは「何気なく見ていた草花が、絵を描くことで『こういう形をしていたんだ』『美しい』など、新たな発見や感動したりするところが絵の魅力ですね。会員は絵が好きな初心者ばかりです。絵を描くことを通して、自然に触れたり、仲間とおしゃべりしたりと人生を楽しんでいます。」と話してくれました。  現在、会員を募集中とのことですので絵を描きたいと思っていてもなかなかきっかけがない人など、興味のある人は活動を見学してみてはいかがでしょうか。  この会に関する問い合わせは、西川武治さん(68−2177)へ。