観光島原市
観光TOP  >  観光  >  観光イベント情報  >  ふるさと再発見「島原城址保存運動」
観光TOP  >  観光  >  観光イベント情報  >  島原城築城400年記念事業  >  ふるさと再発見「島原城址保存運動」
観光TOP  >  組織から探す  >  産業部  >  しまばら観光おもてなし課  >  観光・ジオパーク班  >  ふるさと再発見「島原城址保存運動」
組織から探す  >  産業部  >  しまばら観光おもてなし課  >  観光・ジオパーク班  >  ふるさと再発見「島原城址保存運動」

ふるさと再発見「島原城址保存運動」

産業部 しまばら観光おもてなし課 観光・ジオパーク班 TEL:0957-63-1111(内線212,214) FAX:0957-62-8006 メールkanko@city.shimabara.lg.jp
 

島原城址(せき)保存運動

 明治に入り、島原城の土地は民間に払い下げられます。本丸だけを見ても複数の地権者がいて、宅地や畑地としてそれぞれ個々に利用されていました。 
 1913年(大正2)の終わりごろの新聞に、島原城址の保存についての記事が登場します。
 島原城の史跡保存の動きが、今ある資料からうかがえる最も古い事例です。 
 その動きをリードしていたのは、当時の南高来郡長であった小野七五三蔵(おの しめぞう)でした。
 小野は今の大分県にある旧島原藩領の出身で、先祖は宇都宮より移住し、祖父の代まで藩から禄を受けていた人物でした。郡長となって以来、目に留まっていた城址が廃墟に映っていたことを憂い、城址を買い上げて保存したいと考えるようになり、公費による城址の買い上げ交渉に着手します。
 ところが、買い上げ後の利用についての案を記事から拾い上げると、公園(記事には「公共の遊園地」とある)のほか、果樹園や種苗園、あるいは藩祖を祀る神社を建て、南堀端に鳥居を作り橋を架けるという案までありました。往時の城の姿をとどめるという、今の史跡保存とは発想が大きく異なっています。そして、それは小野が目指していたものでもありませんでした。
 結局、買い上げの金額に折り合いがつかなかったことで、この動きは立ち消えとなったようです。地域にとって必要なものが何なのかを、現代にもなお問いかけているような出来事です。
 (松平文庫学芸員 吉田信也(よしだ しんや))
(『広報しまばら』平成27年11月号「ふるさと再発見」)
 
020+201511島原城址保存運動(平成27年11月号)

島原時報(大正2年12月16日付)抜粋



 

 
このページに関する
お問い合わせは
産業部 しまばら観光おもてなし課 観光・ジオパーク班
電話:0957-63-1111(内線212,214)
ファックス:0957-62-8006
メール kanko@city.shimabara.lg.jp 
(ID:5653)
アドビリーダーダウンロードボタン
新しいウィンドウで表示
※資料としてPDFファイルが添付されている場合は、Adobe Acrobat(R)が必要です。
PDF書類をご覧になる場合は、Adobe Readerが必要です。正しく表示されない場合、最新バージョンをご利用ください。
〒855-8555  長崎県島原市上の町537番地   TEL:0957-63-1111   FAX:0957-64-5525   E-mail:info@city.shimabara.lg.jp
Copyrights(C) 2015 Shimabara City Allrights reserved.