歴史がつなぐ島原市と幸田町の関係
国指定島原藩主深溝松平家墓所である愛知県幸田町の本光寺が3年間におよぶ令和の大改修が終了し、落慶行事が行われました。
福知山城主であった松平忠房公が島原藩主として移封された1669年、豊後高田三万石を加増され、島原松平七万石が始まりました。以来殿様は産業を興し、文化や教育を広め、今日の島原の礎を築きました。江戸時代13人の松平の殿様は明治、大正、昭和、平成、令和と幸田町の本光寺で丁重に祀られてきました。その歴史が国の史跡として指定されました。
今回、深溝本光寺が国、愛知県、幸田町の援助で大改修していただくことになり、姉妹都市の島原市長として感謝しています。幸田町と島原市は共に未来に向かって発展していこうと思います。同じ名前の瑞雲山本光寺は幸田町と島原市の2カ所にあります。市民の皆さん、訪れて両市町の歴史に触れてみてください。
島原市長 古川 隆三郎