島原城の石垣「算木(さんぎ)積みの謎」
平成24年6月に崩落した島原城本丸西側の石垣は復旧工事に併せて発掘調査を行いました。
崩落した石垣の南側に直交する石垣の築石(つきいし)から、本来隅角部分にあるはずの「算木積み」の部分が見つかりました。
「算木積み」とは石垣の隅角部分の積み方で、直方体の石材の長辺と短辺を交互に組み合わせて積む方法で、計算や占いに用いる算木の形に似ていることから、この名が付けられたと言われています。
戦国時代末期の城郭の石積技術の発達により進化し、当初は横長の自然石を用い、形も長さも不揃いで、石材を交互に置かない場合もありましたが、島原城が作られた元和の時期は築城技術が最も高まった時期で、綺麗な長方形に整えられた石材が交互に積まれています。
「算木積み」があるということは、この部分がもともと隅角部分であった証拠ですが、現在まで知られている絵図では、この部分が隅角となるものは見つかっておらず、いつ頃、なぜこのような状態になったのか分かっていません。
今後の発掘調査や絵図の調査で「算木積みの謎」が解明されることが期待されています。
(『広報しまばら』平成26年8月号「ふるさと再発見」)
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算木積みが施された石垣 |