「島原大変肥後迷惑」とは?
島原市の西にそびえる眉山溶岩ドームは、1792(寛政4)年の噴火の末期に2回発生したマグニチュード6クラスの強い地震によって大崩壊を起こし、大津波を発生させました。
この崩壊と津波による犠牲者は、対岸の肥後・天草(熊本県)とあわせておよそ1万5千人に達しました。
この惨事は「島原大変肥後迷惑」と呼ばれており、有史以降、日本国内で発生した最大の火山災害となっています。
寛政の噴火は、古絵図や古文書などが多数のこされており、噴火活動の推移を克明に知ることができます。この資料の一部は、島原図書館で閲覧できます。
(島原図書館 電話0957-64-4115)